プーケットに移住して20年余り今年還暦を迎え夜遊びもますますお盛んなウメですが少し過去を振り返ってもいいかなと思うようになり今回はプーケットに移住した時の話をします。
お客さんによく『なんでプーケットに移住したんですか?』と質問されます。
『会社クビになったからです!笑い』といつも答えてます。本当の事なので正直な話です。これから話す内容読んでもらえればわかってもらえると思います。
就職もせずに、、、、
ウメは大学卒業して就職活動、就職もせず1年スキーのインストラクターをしてました。子供のころからスキー関係で働きたいと思っていたので何も考えずにそうしました。でも今思い出せば『大学まで行かせてイントラか!』と親に言われ親不孝だったと思います。その後は何とか就職してサラリーマンをプーケット移住前までやっていました。
プーケット夜遊びを知ってしまった!
30代を過ぎプーケットを夜遊びを知ってしまいサラリーマンをしながら頻繁に遊びに来てました。(年間30日以上はプーケットに居たと思います。)
仲間はバンコクとかに行きましたがウメはプーケットが好きでほとんどプーケットにしか来ませんでした。
パトンビーチのコンパクトな街が大好きで!ホテルやゲストハウスの目前が海、夜はバングラのネオン、いつ来ても優しい夜の街の天使、ここに住みたいとズーと思ってました。
四十を過ぎてリストラ!
商社、外資スキーメーカーに勤めていましたが長野オリンピック後の業界不振からリストラされてすぐウメは『プーケットに2~3年住みたい!』と思いその計画に取り掛かります。
若いうちにここに住んで夜遊びして暮らしたい
移住とかそんな大それたことではなく!
『こんな楽しい街、定年してからとかじゃななく若くて元気なうちに住めばどんなに楽しいだろう!お金が無くなれば帰って日本で働けばいいじゃないか!いつ住む今でしょう。』こんな軽い気持ちです。
これ本当の話です。タイで一旗揚げたいとか何かやりたいとか野望もなく『若いうちに住んでみたい』だけです。笑い
まずはお試しプーケットに長期滞在!
会社からリストラ勧告を受けたのが11月末~12月の中旬には有給消化で1カ月半プーケットに長期滞在を決行!
もう元のスキー業界には戻る気もないのでやめてくれと言われた会社に未練もなければ恩もありませんでした。
これまでは長くて1週間~10日だった滞在を初めて1か月半、しかもクリスマス~ニューイヤー~1月末までのスパーハイシーズンです。
たぶんこの長期滞在が今までのプーケットで一番楽しく一番エキサイティングだったと思います。笑い
アパートを借り楽しい夜遊びライフのはずが!?
今よりホテル代が安いとはいえパトンビーチのスーパーハイシーズンです。ホテルに滞在するのもかなりのコストがかかります。
そこでアパートを借りる事にしました。
当時はスマホはないし、タイ人がメイルをやるにはインターネットカフェに行かないと駄目な時代、パトンのアパートを借りるにも検索で出てくるはずも無く日本からは探すすべがありません。
そこでプーケット夜遊びの人脈が役に立ちました。
電話番号を聞いていた夜の街の親密な女の子達数人(もう名前も忘れた)に『アパートを2か月借りてくれ!』と電話してみまます。
下手な鉄砲も、、です。中には面倒見のいい子がいます。『とりあえずは私の部屋に泊まれば!』と言う子もいます。
普通なら飛びつく話かもしれませんが女の家に転がりこんだら滞在中その子だけだし夜遊びも制限されるし面倒です。
何とかアパートを見つけてくれる子が見つかりました。
プーケットに着いて女の子とアパートに行いき荷物をほどいてるいるとなぜかムラムラして、、、、その後一緒に住むと言われ、、、これは夜遊びできないと悟りアパートを飛び出し(もちろんアパート代は取り返せず)自力でアパート探しましたがやはり12月クリスマスでは無理、何とか1か月半契約でゲストハウスを見つけました。笑い
毎晩朝まで夜遊びを満喫しました。多分ブログに書くにも恥ずかしい失敗も沢山しましたが、ウメの人生で一番幸せな1カ月だと思います。
(お金も一番使いました。笑い)毎晩がパラダイスです。
昼はこれからの移住の事を考えながら夢のような時でした。
クリアーにすること!
滞在は夜遊び移住の目的を果たすため年明けくらいから色々動き回ります。
プーケットに住む為にビザ!アパート探し!等々色々することがあります。でもその前にクリアーにしなければいけない事があります。
プーケットに移住ではなくプーケットで住んで遊ぶという卑猥な目的達成の為にいくつかクリアーしないといけない事です。
- 家族=独身なので問題ない!
- 家庭=両親と兄弟。東京のマンションのローンが後15年ある。
- 仕事=リストラで無職なので問題ない!
- 収入=退職金と貯金で数百万くらいある。
- 将来=2~3年たって日本に帰ればいいじゃない!
駄目なら日本に帰り就職すればいいというかなり楽観的妄想計画です。
マンションは賃貸にすか?売るか?どうするにしても日本に帰らないとどうしようもないので滞在中は忘れることにします。
問題はプーケットに住む理由はどうするか?
『四十過ぎの独身の親父がタイで2~3年何もしないで遊んで来ます。』なんて恥ずかしくて友達にも言えないし、親になんて言えばいいのかわからない。ぶっちゃけ本当に『遊んでる!』でも良かったんですが建前とかまだその辺の羞恥心が残っていました。
それに2~3年たって日本に帰ってから再就職の面接で、、、
面接官:『君はタイプーケットで何してたの?』
ウメ:『ハイ!夜遊びしてました。』とは言えません。笑い
(実際ウメと一緒にリストラの先輩がバンコクで語学留学して遊んでて日本に帰って再就職大変でした。)
会社を立ち上げることに!
プーケットに来ると暇な時には、夜遊びや面白いことを写真や動画で撮影して日本のタイ遊び友達に報告書として写真&動画付きメールで送っていました。今考えればブログの様なものでした。笑い
プーケットで知り合った外人や女の子の写真や動画が増えてきたらパソコンで編集して動画にしてみんなで飲みながら見て大笑いするようになりライフワークになってきました。
滞在中もビーチで知り合ったベルギー人の夫婦にチャーター船のクルージングに誘われ写真や動画を撮ってお礼に編集してDVDにしてプレゼントすると凄く喜ばれた。
『これだ~~~~!』
プライベートな動画や写真を編集してDVDにして売ればいい!お金持ち外国人観光客も多いし、ホテルやレストランなんかもPR動画などで宣伝するようになる!これ仕事にすればいいじゃない。
この当時タイはフリーペーパーが宣伝の主流で空港の到着ロビーには数えきれないほどのフリーペーパーがおかれていました。
『宣伝はHPする様になり、そうなればPR動画は絶対に必要になる!』と思いました。
『映像制作会社の社長』なんかかっこいいじゃないか!
『これで理由がみっかった!』と喜んで夜遊びに出かけたのを覚えている。(理由があればいいので全然深く考えてません)
*夜遊び移住が目的なので雇われて働こうとは全然思いませんでした。
プーケット在住の日本人に相談する。
ナナイロードでカフェを経営していた日本の女性やプーケットウオークの編集長に相談もしました。
お二人ともウメの唐突のアイデアの映像制作会社設立の話を聞いてくれて『頑張れ』と言ってくれましたが頑張れと言われる前に『そんなんで仕事になるわけがないのでやめた方がいい!』とトコトンいわれウメは建前の理由だけなので押し切ったようなものです。
無理と言われてもやっていたとはおもいます。
会社設立やアパート探しなど信用できるタイ人や弁護士を紹介してもらうにもお二人のご協力はどうしても欲しかったので真剣に話したのは覚えています。
アパート探し!
レンタルバイクで走り回りパトンでアパートを探します。
- 事務所兼住居にするため普通のアパートでは駄目!
- 1階で見た目店舗にも見えて奥に寝室がある感じ!
- 家賃は1万バーツ以内!
- 場所は住居区で繁華街ではなくていい!(繁華街は家賃が高い!)
タウンなら安くて沢山ありそうだが夜遊びが目的なのでパトンでないと意味がない。パトンも住むだけのアパートなら沢山あり、ベッドや家具もついているがさすがに条件に見合う物件はなかなかない。
見栄を張って起業することになったので店舗登録が必要なので結構面倒な条件だ!
バイクで走り回ること3日!ようやくナナイロードに1階のタウンハウスがみっかった。隣はオンボロ美容院、家の前には屋台がでいる絶好な立地です。(今考えればよくあんなところ見つけたなと思うくらいの場所)家賃は9000B電気代別。店舗なので家具は無い!
事務所になりそうな間口3M×奥行5Mの部屋と奥にベッドが置けるくらいの部屋、シャワーがなかったので大家にシャワーを付けてもらった。
ようやく見つけたウメのプーケット城だ!笑い
1カ月のデポッジットを払い!契約した。
この日の夜も店舗兼住居契約記念日とか言って朝まで夜遊びしたのを覚えている。
次の日、家具は無いのでとりあえず日本に帰ってプーケットに戻ってくる時に住めるようにベッドとエアコンは買いに行って大家にベッドの設置とエアコンの取り付けはお願いしておいた。
(この大家の息子が今のウメのタクシードライバーのケンです。)
弁護士事務所を紹介してもらう!
最初はプーケットに住んで数年遊ぶことが目的立ったのが、見栄っ張りのウメはビデオの制作会社を立ち上げプーケットに移住するという面倒な話になってきた。笑い
事務所兼住居の契約も住み!次は会社設立の手配だ!
会社が設立できないとビザや労働許可も下りないし次に来た時に依頼するとまた時間がかかってしまう。今回のうちに会社設立の手配をしておけば次に来た時に大体の作業は終わっている。
楽しいプーケット休暇と夜遊びは滞在も残り数日、退職の手続きもあるので帰りたくないけど帰らないといけない。
弁護士とちゃんと話して色々聞かなければいけない事が山ほどある。でも弁護士は会社を設立するかどうかわからない日本の旅行者の相談や質問なんか相手にしてくれない。
サンドバーで飲みながら『ウメちゃん会社作るのいくらかかるの?ビザどうするの? 役員は?、、、』とは違うので弁護士もちゃんとした人や顧客の紹介でないとなかなか会ってくれない。
タイ人の弁護士事務事務所にナナイのカフェのオーナーから連絡を取ってもらいようやくアポイントの時間が取れた。
ちなみに先に言っておくがスキーメーカーの宣伝マーケィング担当だったウメは本格的に撮影や編集を勉強したこともないド素人!
機材やカメラなども何も持っていないし、本格的なものを買うつもりもない。『日本でソニーのハンディカムと広角レンズ、編集のソフトとマニュアル本を買えばいいな!』くらいのつもりでいた。
サラリーマン時代の宣伝マーケティングの仕事のおかげで企画とプレゼンは完璧だったが今回の企画は予算も中身も可能性も何もない。
考えると大笑いですね『ただプーケットで住んで遊ぶため!』の言い訳で固めた移住&起業でしかなかった。
その企画とプレゼンを頭の中で膨らませて弁護士事務所に乗り込んだ。
弁護士事務所で熱弁とオーダー!
弁護士事務所に着き奥の応接室に通される。会話はすべて英語!
弁護士と打ち合わせするほどまだ流暢ではないウメですが弁護士からの質問が始まる。
何の会社作りたいの?
いつ作りたいの?
従業員は何人?
ビザは、、、、労働許可は、、、質問と説明がはじまる。
ウメ、、、、、、、、
映像制作とPR会社を作りたい。
事務所の場所はナナイ2ロードと説明する、、、
最後に弁護士から会社設立にかかるお金の話!
確かなことは忘れたが会社設立の総額と1年の経費で30万~バーツくらいだったと思う。依頼の手付で最初に30%の支払いが必要だと言われた。
この間の時間は20分程度!ウメの斬新な会社の打ち合わせは弁護士にとっては『どうせ!話を聞きに来ただけで会社作る気がないな!』くらいなのだと思う。
弁護士の話を全部聞いて自分のカバンの中のお金がいくらあるか頭の中で考えて!『会社設立お願いします!今後どうすればいい?』と質問した。
それから会社設立の内容とタイムテーブルが説明された。
書類にサインしてお金を支払い会社設立の契約終了。ウメは明後日に日本に帰らないといけない事を伝える。
『明日!もう一度来てください。それまでに書類作っておきます』
会社名を明日までに決めて来ることを言われれ握手して事務所を出てきた。
一人になったウメの心臓はバクバク!喉はカラカラです。笑い
この夜はウメの会社設立契約終了パーティーでバングラで一人で夜遊びはしご酒のウメでした。
何が正解かはまだわからない!
会社を立ち上げ起動に乗るまでは3年くらいは無収入でも毎晩夜遊びしてた、でもその夜遊びが高じて夜遊び&バー経営の今のウメがある。
人生の中で曲がり角や過渡期は必ずあるはずです。そのタイミングはやはり大切にした方がいいと思います。
だからウメの場合プーケットに移住したのはクビになったからなんです。
今思えばもし2~3年で日本に帰って再就職したとしても、できなくて苦労したとしても、その間の経験は人生の肥やしになりまた違うウメの人生になっていたと思います。
今のウメにとって最良のプーケット移住かもしれませんが最高の人生だったかは棺桶に入るまでわかりません。
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