プーケットサンドバー元の場所へ今は『辛抱』原点に戻ります。

パトンビーチのバングラロード沿いに限定移転したいたサンドバーは元の場所に戻りました。約1か月半でしたがメインの通りで営業してみて今の現状の深刻さを再確認して今後のサンドバーの方針を決めた年末年始でした。

 

春節のタイ連休でタイ国内旅行客を少しは期待しましたがまだまだ第二波の影響は深刻そうで2月も中旬を過ぎで昨年から1年以上続き先が見えないこの状況で前に進むか?停滞するか?後退するかの?瀬戸際で決断が強いられているようです。

 

やはりメインのバングラロード凄い!

プーケットに旅行をすればどこのビーチに泊まっても1度は訪れるバングラロード!バングラロード沿いに店を構えるのと1本ソイ(通り、路地)に入った通りではやはりお店のアピール度と集客力が違いますね!

これまでソイ シードラゴン通りの中にあっウメの店サンドバーも短い期間でこの状況下でもその違いはよく分かりました。

 

しかしバングラロード沿いの家賃やキーマネーの金額には唖然とします。もちろんそれに見合う売り上げは期待できる場所など納得できますし大きく飛躍するチャンスでもあるはずです。

ソイのお店は次々に契約更新を断念して閉店していく中、バングラロード沿いでいい場所にある店舗はコロナの状態になっても資金力のある経営者は積極的に買いまくってます。

ウメもオナーから正式移転のオファーも受けましたが資金不足と下記理由で今回は見送ることにしまいた。

この状況がいつまで続くかわからない。

この状態では移転はかなりリスクがありしかも従業員、ダンサーなどの人数に見合うお客様の人数や客単価は見込めない

 

コロナ終息後もウメの仕事量とストレスは倍増する。

お店を大きくして通り沿いに出ることで従業員や女の子の人数を増やし売り上げを上げることを考えないといけないし日々の資金や売り上げ経費管理も複雑になる。コロナ前の状態にもどってもこれまで以上の仕事量と心配事は増える。(従業員、女の子の管理は大変なんです。笑い)

 

ウメの今後の人生観!

この1年で人生観も大きく変わってきた。これまでは若いつもりでいたが4月で57歳になるウメ!昔の様には体力気力ついてこない事を思い知り。今後の人生の過ごし方も考えなくてはいけない年齢になった来たんだと思う!

実家の高齢の両親の事、プーケットで生活のリズムや仕事、老後の資金や考え方などなど色々な事がまじりあってこれからの事を決めなければいけないと考え始めた。(考えても結論はでない事ですが!)

 

『パンデミック』がまた起こる可能性!

今回は考えられない事態が起こっていると思います。世界経済に与えた影響や特にプーケットの様な海外観光客に頼る場所には打撃というというより沈没に等しいことです。でもこの状態もワクチン接種が進み時間がたてば元に戻ると思います。

しかしコロナ終息で世界がもとに戻り旅行者が行き来するようになってもまた数年後に『パンデミック』はありうる事。

そうは思いたくはないが世界中の人が行き来することが可能で安くなった現代これまで世界を移動しなかった人たちもここ数年で大移動できるようになってきています。そうなると感染症が広がるリスクは今後も考えられます。

 

コロナをダダのインフルエンザのような物という人もいます。でもインフルエンザのような物でも一度『パンデミック』が起こるとロックダウンが始まり『移動の制限』が行われてしまい。そのワクチンを開発するには1年かかりその後接種が世界の末端まで行くのにまた1年かかりそうです。

そうなると同じような『パンデミック』『移動の制限』がまた起こるかもしれません。

 

本当はこんな考えをしたくは無いし、また起こってもそれに立ち向かわないといけないと分かってはいるのですが実際自分の年齢と今後の人生を考えた場合なかなか整理がつかないのが現実です。

 

まずは原点に戻り最小限の店舗に戻す!

コロナ前はパトンビーチ バングラ ソイシードラゴン通りにサンドバーとピンクバニーの2軒を運営してその他の数店舗もシャアーホルダーとして関わったいたウメです。まずはその数店舗のシャアーホルダーを全て契約解除しました。そしてサンドバーの場所も契約を解除して最初の1店舗から再出発します。

 

昨年の4月~6月のバングラ閉鎖。7月からのバングラ再開も後続サンドバーは開店しないで二号店ピンクバニーのみ1店舗営業してきました。(その間もサンドバーも家賃は支払い続けていました)

 

1月末でサンドバーの場所の契約を解除して引き払いました。

長い間いた場所でお客様、スタッフとも思い出が詰まった場所ですが諦めます。

先日看板を外して後かたずけをした写真です。

思い出の場所は現在はこの状態です。

 

SAND barは残して営業します。

プーケット移住後に最初に開いた店名がサンドバー!

この店名は残したいので2号店ピンクバニーをサンドバー(SAND bar)の名前で営業していく事にします。これまで同様皆さんサンドバーと呼んでください。よろしくお願いします。

SAND barの看板をつけて営業再開

 

営業再開初日は『お客さんはいないだろ!』と思っていたら昔のスタッフと常連のお客さんが遊びに来てくれました。

 

イタリヤの友人からもメッセージが『サンドバー無くすな!』の言葉と看板を持った写真が送られてきた。

スマフォの写真と一緒に看板&ウメの写真を返信したら喜んでもらえた。

日本からタイ国内、世界中の知り合い、お客さんから励ましのメッセージコメントをもらいました。ありがとうございます

お客さんとスタッフは貴重な宝で歴史です。

 

祖父の教え『辛抱!辛抱!』

ウメはプーケットに来るまで東京でサラリーマンをしてました。でも実家は祖父の代からの商売屋です。祖父はお小遣いを現金くれた事は記憶は無くお年玉も定期預金で証書をくれるような人でした。笑い

学生時代は小遣いの代わりに祖父の会社でバイトして冬のスキー合宿の資金をかせいでだものです。

 

その祖父の口癖は『辛抱!辛抱!』です。

若いウメにはよく理解できないし、サラリーマンになっても独身なのであまり考えたことがない言葉でした。この言葉を考え始めたのはプーケットに移住して収入がほとんどなかった数年間によく思ったことです。その後プーケットである程度軌道に乗り忘れていましたが又思い出しました。

 

人は置かれた現状や今後の展望を考える時に思い起こさせられる言葉があります。その言葉がウメに取って『辛抱!辛抱!』でした。

 

若いころは1年は長く感じ!年齢を重ねていくと1年は短く感じる。それは残りの人生で1年は短く大切な時間だからだと思う。

昨年の今頃から1年がたちました今も色々考えている最中ですが中間報告です。笑い

今後もサンドバーともどもよろしくお願いします。

 

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